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望三郎の地球宿づくり日記
信州安曇野で農的生活をしながらコミュニティ宿をやっている宿主望三郎の
宿づくりや夢の実現に向けて奮闘する様子を日記スタイルで紹介します。

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2003. 12. 24. Wed
      半農半Xという生き方
 「半農半Xという生き方」(塩見直紀著、ソニーマガジンズ)を読んでいるが、これがなかなか面白い。 
 少し抜粋すると・・・ 
 
 「半自給的な農業とやりたい仕事を両立させる生き方を、私は「半農半X」と名付けて提唱している。 
 自ら米や野菜などのおもだった農作物を育て、安全な食材を手に入れる一方で、個性を活かした自営的な仕事にも携わり、一定の生活費を得るバランスのとれた生き方である。お金や時間に追われない、人間らしさを回復するライフスタイルの追求でもある。」 
 「いわば、エコロジカルな農的生活をベースに、天職や生きがいを求める生き方だが、私は天職、生きがいに社会的な意義を含ませている。 
 一人ひとりが「天の意に沿う持続可能な小さな暮らし(農的生活)」をベースに、「天与の才(X)」を世のために活かし、社会的使命を実践し、発信し、まっとうする生き方だ。」 
 
 農業と農的な暮らし(半農といってもいいだろう)には違いがある。農業は業であり、自分たちの食べる分だけでなく、不特定多数に向けて生産し販売する。「農業」という言葉を聞くと、ああ、自分にはできないな、と思ってしまう。 
 しかし、「農的な暮らし」と言うのなら、自分にもできそう、やってみたいと思う。自分たちが暮らしていくために必要な食べ物を、自給していくということは、ある意味当たり前のことでもあるように感ぜられるからだ。 
 
 現代の経済生活は、グローバル化と分業が進み、地球の裏側にあるものさえ、輸入して手に入れることができる。食べ物もそうだ。そして生産する側と消費する側とがはっきりと分かれている。これは過剰に依存した状態だと思う。このアンバランスさは危うい。将来に備えて貯蓄することは一般的なことだが、同じように、自分の食べる物を自分で作る、ということも、これからはもっと一般的になっていくことが求められているように思う。 
 まあ、理屈はともかく、農的な暮らしというのは、子どもを育てていく上でも、またスローライフを送るという意味でも、必然的なことで、楽しみに思えてくる。 
 
 そして、その農的な暮らしをベースにして、自分のやりたいことを実現していく、ということが「半農半X」の後半の「半X」が意味している。 
 塩見さんは「半Xには、社会的意義が含まれる」と言っているが、まさにそうだと思う。農的暮らしをしながら、厭世的生活を送る、というのではなく、自分のやりたいことを通して、積極的に社会や人々と繋がりをもっていく。 
 塩見さんはまた、「社会的使命を実践し、発信し、まっとうする生き方」とも言う。「発信する」ことが大事だということは実感している。それがまた新たな繋がりや展開を生み出し、喜びをもたらしてくれるからだ。 
 
 一人一人の「X」はちがう。僕は「半農半宿」と言ったところだろうか。「半農半X」をコンセプトに、暮らしや生き方を実践していけば、多様な生き方が示され、そして多様な生き方を受容できる社会が生まれていくのではないだろうか。 
 この「半農半X」は、僕らの安曇野で始める人生のキーワードだ。 
 
  
 

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