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望三郎の地球宿づくり日記
信州安曇野で農的生活をしながらコミュニティ宿をやっている宿主望三郎の
宿づくりや夢の実現に向けて奮闘する様子を日記スタイルで紹介します。

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2004. 10. 16. Sat あるおっさんの夢
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  2004. 10. 16. Sat
      あるおっさんの夢
  
 今日から2泊3日で、三重・奈良方面に出かける。一番の目的は奈良で行われる友人の結婚式に参加することだが、三重は20代の10年住んでいて友人も多いので、結婚式の前後に友人にも会うようにしていた。仲間たちとの久しぶりの再会が楽しみだ。 
 
 今晩は鈴鹿に住んでいるYさんを訪ねて一緒に飲んだ。Yさんは僕が20代の頃、農業体験のワークキャンプをやっていた時に、北海道の牧場で受け入れてくれていた人だ。人生や生き様、夢について真剣に考えながらも、大学や街中での話し合いは観念的な机上の空論になることが多かった僕たち若者にとって、北海道の酪農村で牛飼いをやっている人たちの生き様は、大空と大地が広がる北海道の魅力とも相乗して、それまで味わったことのない手応ある「ほんもの」を感じさせてくれた。そして僕は「ほんもの」の場づくりに青春をかけることを決心した。そんな思いを受け止め、北の大地で若者を受け入れてくれた男がYさんで、そのワークキャンプに参加した若者たちの(もちろん僕も)目指す存在だった。 
 
 その後理由(わけ)あってYさんも北海道の牧場を離れ、都市部での生活を始めた。プライベートでも変化があった。20代の時はYさんの生き様に尊敬と憧れをもっていた僕も、その時の思いを今も頑なに持ち続けるような偶像化をするはずもなく、その存在は僕の心の中ではいつしか小さくなっていた。 
 そして何年ぶりだろうか、久しぶりに男同士で酒を飲みながら語り合った。 
 Yさんが、「年が明けたら九州に行こうと思っている。」と言う。子どものフリースクールを創ろうとしている熊本の有志から声をかけられ、そこに行き、自分もその場を創っていきたいのだと言う。特に子どもたちの育ちの場として、農業のフィールドをつくっていきたいのだと言う。 
  
 僕は嬉しかった。Yさんが今もまだ熱い情熱を持ち続けていることに。年齢は54歳。この年になっても、まだ新しい世界へと飛び込んでいこうとする生き様に。牧場を離れてからのYさんについては、詳しく知らなかったが、今日この夜語った最新のYさんは、現状に甘んじるのではなく、心の動かされる方向へと歩いていこうとする熱い親父だった。僕よりも20歳も年上。僕が今からあと20年も好きなことを存分にやっても、まだそれからYさんのようにやりたいことをやっていけるのだ、そうも思った。 
 お互いに頑張ろう。心のままに夢を追い続けよう、Yさん。
  

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